第一話:「運命の夜」
「早くトドメを刺せ!!」
この地球ではない、未来とも現代とも似つかない深く緑に染まった森。
その一角ではっきりと聞こえる低い罵声。その声の主のそばに少年が一人。そして目の前には『ニンゲン』など
ひと食いで噛み殺してしまいそうな猛獣が低く攻撃態勢をとり、荒い息をつかせ、身体の所々から流れる
赤い液体がポタリ、ポタリと、一定のリズムを打ちながら徐々に地面を赤くしていく。
後もう少し・・・・。
俺と猛獣はそのまま石像のようにピクリとも動こうともしない。なぜならば、どちらかが一瞬でも逃げようと
背を向ければ間違いなくその行為は死を選ぶことを意味するからだ。
しかし、俺よりも先に猛獣はその傷を負った身体を華麗にひるがえし、俺が攻撃を浴びせる前に目の前から姿を
くらませた。俺はとっさに槍を投げようとしたが、何も出来なかった。
「あー!!何やってんだ!!エモノが逃げちまったじゃねぇか!!この役立たずが!!」
逃げたというよりは、『俺がトドメを刺さなかったから』な訳だが。
俺は持っていた槍をダランと降ろした。力が抜けて、すでに終わった気分だ。それも俺にはどうでもいいこと。
低い声で罵っていることも聞こえるはずもない。最初から怒られることは分かっていた。
むしろ初めての狩り。役立たずで当然だと思った。
その夜。俺はイヤになるほどみっちり叱られた後、食材の買い物を頼まれ、すっかり闇に包まれた街の路肩を
さまよっていた。頼まれた食材はもうすでに買っているはものの、はっきり言って家に帰りたい気分ではなかった。
気分が沈んでいて、何かピリピリした雰囲気から逃げたいって感じかな。
ふと、建物の隙間から空を見上げると、満月が顔をのぞかせていた。
『それは、月の力が最大の時。それは、『悪魔』が蘇る夜・・・・。』
昔に何かの本で読んだ言葉がふと、頭の中をかすめた。
新鮮な空気を吸って、怒り気も収まって、やっと帰りたい気分になった。でも多分家に入ったら誰とも顔を
あわせず、まず部屋に一直線だろう。俺は小高い丘にある自分の家に向けて、ゆっくりと足を踏み出した。
家の緩やかな坂の一本道の手前まできたときだ。俺の前を「小さい何か」が歩いている。暗闇で正体が
よく分からないが、何かの探しながら進むようなその行動は『怪しい』という言葉がよく似合う。
俺は子供だと思い、持っていた食材が入った紙袋をぎゅっと握り締めると、勇気を振り絞って声に出す。
「なにか用・・・・ぇ?」
近づいた俺は声をかける途中で、その姿に目を疑った。そいつの背中には鋭利な羽が生え、
頭には角が、怪しく二本ついていたのだ。驚きのあまり声が出ない。とてもではないが、俺が見る普段のニンゲンの
姿とは程遠かった。とたんに恐怖心が洪水のように押しあえげてくる。
「うわぁぁぁぁぁ!!」
恐怖が最高潮に達した時、やっと俺は大声を出すことができた。持っていたすべての物を投げ出し、左側にある
森林に向かって自分の出せる限りの全速力で逃げた。
なぜなら俺の目に映ったその姿は、前に古い本で見た、『悪魔』そのものだったからだ。
おぞましくて、近寄りがたい。不幸の象徴・・・・。とにかく俺は殺されないように走るしか考えられなかった。
森をどれほど走っただろうか。呼吸が荒々しくなって耳に響いてくる。待て、アレは俺の幻覚だったのではないか
きっとそうだ・・・と、自分に言い聞かせた。
俺は脚を止めて後ろを振り返る。
どうやらさっきの悪魔は居ないようだった。しかし、落ち着いていられるのもその時だけだった。見上げた空には、
先ほどの鋭角な翼を広げ、宙に浮かんでいる『それ』があった。月に見え隠れしながらのその姿はまさに悪魔。
さらに俺を見つけたのか、勢いをつけて、こちらに飛びかかって来た。俺はもう、絶体絶命な状態。
―殺される。―
「はい、ミット。これ忘れ物だよ!」
「え?」
しかし返ってきた返事は予想外だった。見ると、その手にはさっき俺が投げ出してしまった紙袋がしっかりと小さい腕に
抱かれていた。月明かりが、暗闇で見えなかったその全体像を映し出す。身体の上半分は青色で、下半分は黄色。
身体の所々に白い模様のような物が入っていた。そして、闇に光るグレーで大きい目。そして手には何か細長い杖の
ような物を持っていた。
「キミ・・・・・誰?」
俺は荷物を受け取ると、無意識にその『悪魔』に聞いていた。自分自身何を聞いてるんだと思った。
時間が一瞬だけ止まって、周りの音も何もかも、無くなってしまったような気がした。
「僕? スプーン・・・・。スプーンだよ。」