第六話:「二つの顔」
俺はそれが「スプーン」だということにすぐに気付くことができなかった。
「久しぶりだな・・・・ファルケン・・・・。」
青い巨体がゆっくりと前に動き出す。俺なんて簡単に隠してしまうような大きな体、あの小さい彼の面影は
どこにもなく、まるで別の竜が色を変えて存在しているようなそんな感じだった。
そして、あの優しい瞳は鋭く殺気を感じるまでに。ちょうど向こう側にいるファルケンのような同じ色の黒くて
辺りをにらみ付けるような目。
「な!どういうことだ!!お前は、ガキになったんじゃなかったのか?!」
「ふ、なんだか分からねぇが、きっと何かの拍子に・・・・。」
「すごい・・・・。これがスプーンの成体・・・・・なのか・・・・」
「・・・・・? てか・・・・さっきから俺の後ろにいるお前誰だ?」
ファルケンに訳を聞かれたスプーンは自分で自らの姿を確かめながら不思議そうに言っていたが、
俺に気付くと、急に方向を変えて俺の方を指差し、びっくりしたような目つきで言ってきた。
「じ、・・冗談?!!お前はスプーンなんだろ?!俺の契約者じゃなかったのかよ!!」
「冗談?こっちが聞きたいね!その前に俺は絶対に人間となんか組まない。 その前にお前は誰だ、って
聞いてんだよ!」
「どういうことだよ!!約束したじゃないか!」
「約束・・・・ねぇ・・・・・。」
俺自身、何を急に冗談を言いだすのかと信じられなかった。でも、冗談だと信じていた俺が強く言った言葉に、
反応したスプーンから帰ってきた言葉は俺をことごとく何か絶望の底に落とすかのような、そんな言葉。
そんな・・・・じゃぁあの出来事は・・・・・夢だったのか・・・・。
それともこれがゲンジツなの?・・・・それともこれが夢なの・・・・・。
じゃぁ、目の前にいる『この竜』は一体誰なの?
同一のモノ、それとも別の・・・・
俺はいろんな感情が混ざり合って自分さえ分からなくなっていた。それは戸惑いであったり、苦しみだったり
怒りだったり、果ては悲しみだったり。ただ何もできずにその場から動くことさえできなかった。
「ふ、ちょうどいい・・・・。成体に戻ったことだ、おとなしく竜界に帰ってもらおうか。」
「もし『断る』って言ったら・・・・・お前、どうする?」
「ふ、その時は・・・・・ここで始末するまで!!【ディストリクト・ウィンド】!!」
「くっ!!【護風壁(ごふうへき)】!!!」
ファルケンはスプーンが誘いの言葉を断った瞬間、俺に前に叫んだ時のような怒りの目つきをしてディストリクト
ウィンドを放った。しかし、スプーンはかざした両手に現れた青い魔法陣によってそれをはね返した。辺りに勢いよく
跳ね返された風が拡散し、民家の壁や地面をバラバラに砕いた。
「ふ、そんなに体力も残ってないのに防御魔法なんて使ったらお前出血多量で死んじまうぜ?」
「ぐ・・・・」
ファルケンが嘲るように言った。スプーンの背中から流れ出る紅い血液は、尻尾まで染まっていた。彼は地面に
手をつき、うずくまる。ゆっくりと上下する胸の呼吸は荒く、息をするのがやっという感じだった。
「すぷーn・・・」
「近寄るな!・・・・お前どういうつもりか知らないが、俺はニンゲンを組むつもりは無い・・・。何回も言わせるな・・・。」
「でも、弱りかけてるのに放っておくなんてそんなこと・・・。」
「く・・・そんな優しさを振りまきやがって・・・だからニンゲンってイヤなんだよ・・・・。」
俺はとっさに立ち上がって近寄ろうとしたが、スプーンは強く制止をかけた。俺はそのまま体が凍り付けにでもなったか
のように硬直した。むしろ、今あの目に睨まれたら、俺は恐怖を感じてしまうのは当然だ。緊迫した状況の中で、ピリピリ
した空気が辺りを包んでいたから。スプーンの生と死を分ける場面。彼は必死に息をしようとするが、それもただ弱々しく
なっていくばかりだった。それをファルケンはただじっと見つめている。
「・・・・そろそろ竜界に戻る時間だ、ふ、苦しんで死ぬがいい、この人間界でな。じゃぁな。」
そう言った時、ゆっくりとファルケンの目の前に豪邸にありそうな大きい門のようなものが現れた。高さはちょうど
ファルケンほどの背丈だ。その中からはくぐもった風の様な、不気味で邪悪そうな音が鳴り響いている。
「く!!・・・・・させるかぁ!!【リィール・ウィンド】!!」
「な・・・・に!!!ぐあっ!!」
ファルケンが開いた扉をくぐり、中に入ろうとしたとき、スプーンは行かせない、と最後の力を振り絞るように
腕を思いきり振り上げた。するとそれに応じるように風が集まり、轟音を伴ったつむじ風を発生させて、ファルケンを
取り巻いて襲う。そしてその風は体重400キロはあろうファルケンの巨体を軽々と高く舞い上がらせ、次の瞬間には
地震のような強い振動と、大きな地割れができるほど地面に強く叩きつけていた。 砂煙が雲のようにあたりを覆う中、
彼は気を失ってしまったのか、そのまま動くことはなかった。そして、倒れているファルケンを尻目にゆっくりとその門が
閉まっていく。まさにそれは低く、地に鳴り響く唸り声のような音。そのままその音を立てながら締まりきると、上の方から
徐々に光を発しながら消え始め、最後には跡形もなく消えた。不気味なわりには神秘的な消え方だった。
「な・・・・!なんだこれは! か、身体が・・・・!」
その直後にスプーンと、倒れているファルケンも変化が現れていた。彼らの身体は激しく光を放ちながら何か空気が
抜けるように大きさが縮小していった。そして光が収まると、スプーンは元のあの幼い姿に、そしてファルケンは小さい鳥の
ような姿に変えた。
「あいたたた・・・・・。あ、ミット! 良かった無事だったんだね!さすが僕のコントラクター!」
「え?さっき俺に人間と組まないって・・・・・」
「え、誰がそんな事言ったの?ひどいなぁ、僕がぶっ飛ばしてあげなきゃ!」
「【誰って・・・・・。お前だよ、お前(汗)】」
スプーンはさっきの「あれ」とは打って変わって、いつものあの幼い性格に戻っていた。でもさっきコイツが成体の時に
言った、「人間とは組まない」って・・・・彼は成体の間は記憶がないとか言うことなのだろうか・・・?
「あーーー!!」
「どうした?」
俺は地に腰を下ろし、考え事をしていると遠くからスプーンの驚いたような声が聞こえた。急いで俺はそちらのほうを
振り返ると、そこには小さくなったファルケンを背負ったスプーンの姿があった。
「っておい、何する気だ?」
「え、だって怪我してるから・・・・。ミットの家に運んで手当てしてもいいよね?」
「え・・・・まぁ・・・うん。(というかコイツ本当に何も憶えてないのかなぁ・・・・)」
俺は、気を失っているファルケンを肩に背負い、スプーンを気遣いながら、広場をあとにした。
俺はこいつらと会って少ししか経ってないけど、なんだか今までずっと居たような、そんな気がする。
でも、こいつらの未知である部分はただ漠然と増える一方だった・・・・・・。