第八話:「標」

 

朝。何かの物音に、ふと、目が覚めた。何かと思って重い身体を少し上げて辺りを見回す。

結局何もなく、俺の寝ているそばで胸部に包帯を巻いたスプーンがよく犬とかが寝る体勢ですやすやと小さい寝息を

立てながら寝ているのみだ。

 あぁ、そういえばファルケンを自分が普段寝ている所に寝かせてあったんだった、と思いながら窓の外を見た。そこには

夜が更けたばかりの朝の空があった。追いかけっこでもするかのように月と太陽の同居した広大なそれは、見事な紫と

ダークブルーのグラディエーションに染まっていた。

まだこんな時間か・・・・。と、そんな空を見ながら小さくつぶやく。

 

 

何時間ぐらいの眠りに着いただろう。次の瞬間、重い石のようなものが俺の腹部に乗っかっていた。

「ほらー、もう朝だよー?起きてよー!」

「・・・・!!うっ!」

俺は苦しくて大きな声を上げてしまった。そして、眠気まなこに目を開けると、スプーンが主人を起こす犬のような

感じで俺の顔に自分の頬を擦り付けつつ甘えてくる。

「あーあー、わかったよー起きるってー!」

 俺は、スプーンの脇を抱え、身体を起こすため、横にポンと移動させた。案外重かったんだな、コイツ。

移動されたスプーンはキョトンとした目で俺を見ている。

「あ、そうそう。ファルケン様子どう?」

「そうだった・・・。一応出来る限りの手当てはしたんだけど・・・」

 布団をめくると、そこには昨日の凶暴そうな巨竜の姿はなく、ベッドに横たわる小さなそれの姿があった。

「朝だよ〜!!起きてファルケン!!」

と言うと、スプーンは手にしたプスーンで、彼の頭をバシバシと叩いていた。いきなりこんな起こし方をするなんて・・・

スプーンは少々乱暴者なのかな、と思った。

「・・・!!  ぐ・・・てめっ!!何しやがる!ってうわぁぁぁぁ!!

 ファルケンは急に幼い叫び声をあげ、そして、すごい勢いでスプーンを怒鳴りつけ始めた。

「・・・こんな姿になっちまって・・・しかもよりによって助けられたのが、貴様と下等なニ ン ゲ ンだとぉ?!!!

てめぇ、ふざけんじゃねぇ!!」

「そんな事僕に言われても・・・コレばかりは避けられないよー、助けられなかったら死んでたんだよ?」

「フン!助けられなくて結構だったよ!!・・・大体契約者でもないのにごっこ遊びなら他でやれよ!」

「・・・言ったなぁ!僕は本当にミットがコントラクターと思うんだもん!う〜、ファルケンの羽根全部引っこ抜いてやる〜!」

「やめろ!そんなことしたら飛べなくなるだろうが!!」

「いいも〜んだ!!」

 なんだかこのまま行くと辺りに魔法でも撃ち始めそうな勢いになりそうだったので、止めに入ろうとした時だった。

こらぁ!!二人ともやめんかぁっ!!!!

 どこからかの声が二人の喧嘩をピタリと一時停止のようにとめさせた。プスーンだ。先ほど叩き棒に扱われから、

少々ご立腹だったようだ。

「スプーン、お前は何でいつもそうなのだ?ミットが契約者なのは分かるにしても、思ったことをすぐ口にしてしまうのは

いけない。言っていい事と悪いことがある。それと・・・ファルケン、お前もだ。けなす前にまず助けられて感謝するべきで

あろう?」

「・・・・ごめんなさい。」

「・・・・フン。」

 見事に沈めてしまうプスーン。自分もなんとなく納得してしまった。ハリのある低い声からすると、長い間、いや、ずっと

前からスプーンの保護者としてやってきている感じがした。

「まぁ、分かればよい。・・・・・ところでミットよ。」

「何?」

「お主が本当にスプーンのコントラクターかどうか、契約儀式を行おうと思うのだが・・・」

「けいやく・・ぎ・・しき・・・?」

プスーンが一呼吸整えてから、真剣そうな面持で俺に話しかけてきた。

「そうだ。契約については前に説明した通りだ。そして、契約者と竜とが契り(ちぎり)を交わすこと。契約が成功すると、

しるしとして契約印が生成される。」

「・・・俺とスプーンが?・・・分かった。

俺は、プスーンの真剣さに応じるように答えた。

「承知した。スプーン、契約の方法は覚えておろうな?」

「もちろん!本読みながら必死で憶えたよ!じゃぁ、ミットそこに立ったままでいてね〜」

 そういうと、スプーンはプスーンを持つと、柄の部分で床をこすりながら俺とスプーンの周りをぐるりと一周。

「ねぇ、これって失敗とかしたら俺どうなるの?」

「ミットはどうもならないよ。でも、ボク達はまた新しい契約者を探さなくちゃならなくなるね。」

「フン、その前に真っ先に処刑所行きだ!」

 

聞かなけりゃよかった。

円を描いて一週まわり終えた時、円の部分から木漏れ日のように光が溢れ出てくる。契約の儀式とやら

が始まるのかと思うと胸がドキドキする一方、だんだんと不安も強くなってくる

 光の輪の中にスプーンが入り、俺の前に立つ。

「よし、準備完了。じゃぁ、ミット、いくよ・・・!

  ―これより契約の儀式を執り行う。契約者、ミット・スティルハート、我、スプーンとの間に

   契りを結ぶものとする。時に契約者は我の助けとなりて、時に我は契約者の助けとなる。

その証として契約の証を我と汝に授けよ・・・コントラクト!!―

    その瞬間、自分周りが光に包まれると目の前にふわりと小さくて細長い直方体のようなものが現れる。それは

どこまでも続くかのごとく深みのある黒い色をしており、磨いた石のような鈍い輝きを放っていた。さらに直方体の

上の部分には精巧に彫られた竜の彫刻が施されている。

「契約印だ!ミット、それを取って!」

 というスプーンの声が光の外から聞こえる。

つまりこれを取った瞬間、俺はスプーンと契約したことを意味する。でも俺の右手はなかなか伸びない。

今更になっての躊躇。でもそのココロよりも、今日から新しいコトが始まる・・・と考えた時の喜びの方が何倍も

大きいような気がした。

 

パシッ!

 

ようやく伸びたその手が、黒い直方体を勢いよくつかんだ。その瞬間、周りの光は消え、いつもの部屋が姿を現す。

契約を終えた俺はスプーンに目線を落とすと、スプーンの手にも何かが握られていた。それはリングのようなもので、

光り輝く黄金の色をしていた。

「スプーン、それは・・・」

「えへへ、コレは契約のしるし。本当はリングみたいなんだけど、僕には大きすぎて入らないやぁ・・・。」

 と手にしたリングをわざと指にはめて見せた。なるほど、そのリングはスプーンの指の何倍もあるリングだった。

「うーん、あ、サイズ的に角が合いそうだね。」

 俺はサイズの合いそうな所を必死に探した。そしてたどり着いた場所は頭の角。すかさず指をさしながら

スプーンに伝えた。

「あ、確かにそうだね〜!     わー、ピッタリだー、ミットありがと!」

「どういたしまして。」

 やはり予想は当たっていた。俺は、喜んでいるスプーンを見つつ、恥かしいながらも答えた。

「ミットのしるしはどんなの〜?見せてよ!」

「黒い印鑑みたいだねぇ」

 と、スプーンに手を差し出したときだった。鋭い何かが俺の手を襲い、手にあった印を捕らえた。

「あれ、ないよ!!?」

 まさにあっという間というのはこのことだ。さっきまで手のひらにあったものが次の瞬間には消えていていた。

 それを同時に正面のガラスがけたたましい音とともに砕け散った。

「・・・・・!! ミット! ファルケンがいない!!」

「・・・なっ!! しまった!」

 さっきまでベッドの上にいたファルケンがこつ然と姿を消していた。慌てて窓の外を見ると空に小さく遠ざかっていく

ファルケンの姿があった。

「ミット!早く追いかけよう!アレを早く取り返さないと・・・!」

 俺は小さくうなずくと、勢い良く部屋のドアを開け、玄関を出て、ファルケンが向かったと思われる方向へ

スプーン達と急いだ。

 

そんな思いとは裏腹に空はいつもより清く、晴れ渡っていた。